2005年04月01日

家庭画報的生活

私が子供だった頃、毎年夏休みになると数日を叔母の家で過ごしました。それは、私の母親が病弱だったために、長い夏休みの間、少しでも休養がとれるようにという叔母の配慮でした。

叔母の家で二人のイトコと遊んだり、豊かな自然の中を自転車で走り回ったりして過ごした夏休みは、とても楽しい思い出です。

叔母の家は、郊外の不便な場所にあり、そのせいかとても安く土地を購入したと聞いています。100坪ほどの敷地に建つ家は、狭い我が家と違って広々していました。玄関を入るとすぐ吹き抜けの居間があり、その隣はダイニングキッチンになっていました。

質素な我が家と違って、おしゃれな食器で供される叔母の手料理はとても美味しく感じました。トイレが洋式だったのも当時としては珍しく、数日の間、ここで過ごしていると自分がどこかのお嬢様になった気分でした。

居間の隅にはイトコが使っていたグランドピアノがカウンターバーの代わりに据え付けられています。バーには、叔父が海外旅行で買ってきた洋酒の瓶がずらりと並び、グラスケースには、叔母が趣味で集めていた食器類が飾られていました。

居間の外の庭には、手入れされた芝生が青々としています。この庭では、叔父がゴルフの素振りをしていました。当時は知らなかったのだけど、後で叔母から、叔父は戦争で両親を失い、親戚の家を転々としながら大きくなったのだと聞かされました。

子供の頃の苦労を叔父は大人になってから挽回したかったのでしょう。手に職をつけ、独立してコツコツと地道に信用を築き、人並みに幸福な生活が送れるようになったのです。冬は家族でスキーに出かけ、夏はゴルフ三昧、週末は愛車のスポーツカーでサーキットへと、夢をかなえた暮らしぶりでした。

今にして思えば、叔母の家の雰囲気や暮らしぶりは、ちょうど雑誌「家庭画報」の世界そのものでした。決してハイソサエティーではなかったけれど、今と違って努力すれば報われたよき期時代の家庭画報的生活だったのでした。
posted by PFC at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 子供だった頃 | 更新情報をチェックする
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