2006年07月25日

Imagine 再び

●児童にレノンの「イマジン」禁止・・・「反宗教的」と英小学校
 ※サンケイ新聞からの引用です(太字は筆者)。

 英国国教会系の小学校が故ジョン・レノンさんの代表曲「イマジン」を「反宗教的」との理由で児童が歌うことを禁止し、保護者らが反発している。20日付の英紙デーリー・エクスプレスが伝えた。

 同紙などによると、英南西部エクセターのセント・レナーズ小学校の児童は学期末のコンサートに向け練習を重ねていた。しかし学校側は「イマジン」の「宗教がない世界を想像してごらん」という歌詞について、国教会にふさわしくないと判断、別の曲に急遽(きゅうきょ)差し替えた。

 「イマジン」は平和を訴えた名曲とされ、トリノ五輪の開会式でも採用された。児童の母親らは「素晴らしい歌なのにナンセンス。歌詞は信教を否定しておらず、全体の文脈から判断すべきなのに」と話している。(共同)(07/20 11:25)


二年前には米国でアフガン・イラク戦争の最中にふさわしくない歌として放送禁止になりました(その時書いた記事はここです)。
http://cabochard.seesaa.net/article/990610.html

今回は英国です。折りしもレバノン情勢が世界中の注目を集める中、宗教の意味を考え直さないといけないのかもと思ってしまいます。

ある哲学者は「キリスト教は諸悪の根源」と言ったそうです。世の中に「愛」を口にする人は多いけれど、実際に愛によって誰かを救える人はどのくらいいるのでしょうか・・・。

愛のために戦うことはあっても、愛ゆえに戦いを止めたという話はあまり聞いたことがありません。
posted by PFC at 19:11| Comment(3) | TrackBack(1) | 気になるニュース | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
宗教者が、余裕を失って、何かを禁止していくとき、おそらく自分の信じるものが壊される危機を感じているのでしょうね。
人生も全てを捧げてしまって、自分の判断を宗教に委ねてしまった状態では、宗教がなくなる世界は自分を失うことと同じですから。
ダヴィンチ・コードなどの反動もあるのかしらと思います。
Posted by yohko at 2006年07月28日 11:29
yohkoさん、コメントをありがとうございます。

「自分の判断を宗教に委ねてしまった状態では、宗教がなくなる世界は自分を失うことと同じです」

高校生の時、キャンドルサービスがあるというので、ロマンチックな雰囲気に誘われて同級生と一緒に教会へ行ったことがあります。

その時教会で出会った人々から受けた印象がまさにこれでした。教会からの帰り道、同級生は「自分を失う(判断を宗教に委ねる)なんて怖い。あんなふうになるのは嫌だ」と私に言いました。

宗教者がダヴィンチコードを上映禁止にして、都合の悪いことを隠そうとするのは、現実に起きている社会問題に宗教がどのように関わっているのかということを直視するのを恐れているせいなのかも知れませんね。

宗教者には自分が信じる世界(宗教)を壊して、そこから再生する勇気を示して欲しいと思います。
Posted by PFC at 2006年07月29日 10:39
ぷらさんTBありがとうございます。
旧約聖書を基盤とするユダヤ教、イスラム教、キリスト教いずれかの信徒になるということは、これらの宗教が繰り返してきた殺戮や差別の歴史の一端に連なるということでしょうか・・・。

ぷらさんがTBしてくれた記事に書いてあるような歴史を知ったうえで、日本人が信徒になる(あるいは信徒でいる)ことの意味を考えてしまいますね。
Posted by PFC at 2006年08月03日 20:12
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック

パレスチナ問題 (後編)
Excerpt: 布引洋さんから、昨日のエントリーにコメントをいただき、私が「まんが パレスチナ問
Weblog: doll and peace
Tracked: 2006-08-01 15:17
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。