原題 A Widow for One Year
同じ作者の「ガープの世界」や「サイダーハウス・ルール」同様、この作品も映画化されました(映画の題は「Door in the floor」)。残念ながら、この映画を田舎の都会(私が住む町)では、見る機会がなかったので原作を読みました。
一言で感想を言うと、フェミニズムと高齢社会に配慮しているような作品です。しかも作家がかなり嫌々妥協して、半ばやけっぱちで書いているような印象を受けました。だって、主要な登場人物がすべて作家で、推理小説でもないのに、そのうちの一人が殺人事件に巻き込まれるなんて・・・。
上下巻にわたる長い物語の前半は、作家夫婦と4歳の娘との生活が、見習いにやって来た高校生の少年の目を通して描かれる。夫婦には事故死した二人の息子がいて、妻はその死を乗り越えられないために夫と娘を置いて家を出る。
後半は、中高年になった登場人物それぞれの現在の生活が、作家夫婦の娘を中心に描かれている。この娘は、自分を置いて出て行き、一度も連絡をしてこない母親の行動が理解できず怒っている。娘がやっと母親の心情を理解するのは、子供を産み自分の夫が死んでから1年後のことだった。
作者はその時の娘の心理を「その気持ちを理解できる経験もなかったし、想像することさえできなかった」と表現している。そして物語は37年ぶりの再会へ・・・。
この小説は家族との死別体験や、別れた恋人との思い出を乗り越えられない人たちの物語でもある。乗り越えられないまま、ずっとそのまま生きている姿を描いている。
大災害が多かった昨年は、この物語の登場人物のような体験をした人が大勢いることでしょう。災害や事故がなくても、人は毎日どこかで必ず亡くなっているけれど、そのことを理解できる経験がなければ、他人の死を想像することは難しいかも知れません。
もしも私の家族が病気で死んでいなければ、この小説の登場人物たちの気持ちが解らなかったかも知れない。たとえば、物語のなかで、事故で死んだ子どもたちのことを思い出さないように、何年もの間、休日の公園やクリスマスの雑踏を避け続けた母親が過ごした時間は、私が失った時間にとてもよく似ていると思いました。
もっとも現実は小説のようにはいきませんけどね。だって、この小説には、平気で嘘をついて人を陥れるような悪意に満ちた人物は登場しませんから。
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